御曹司さまの言いなりなんてっ!
「おい」
「は、はい!?」
「ほら、湖だ」
「え? ……わあ!」
フロントガラス越しに、青い空の下で満々と水を湛えた大きな『三ツ杉湖』が見えてきて、私は思わずハシャいだ声を上げた。
厳密に言えば『三ツ杉湖』はそれほど巨大な湖ではないのだけれど、でもやっぱり直に目にすると圧巻だ。
池や沼とは全く違った、目を奪われるような雄大さがある。
「うわあ、大きい! 素敵!」
「今日は天気が良いから、水の色も綺麗だな」
「実は私、湖って初めてなんです! きゃー!」
「おいおい、まるで子どもみたいなハシャギっぷりだな。仕事で来ていることを忘れないでくれよ?」
「はい、分かってます! でも、きゃーきゃー!」
私の突き抜けた浮かれっぷりに、部長も思わず笑ってしまった。
人里離れた場所にポツンと佇む寂しい湖なのかと思っていたけれど、案外すぐ近くに民家の集落もあるし。
夏休みだからか、家族連れの姿も多く見られる。
良い意味での、鄙びた静かな穴場観光スポットって感じだ。
そんな場所に建つ湖畔の宿は、資料の写真で見るよりずっと洒落ていた。
真っ白に塗られた壁と、黒い格子戸の外観は城下町の町屋を思いおこさせるような趣がある。
宿の周囲を囲む竹塀がまた、良い味を出していた。
「素敵ですねえ。変に洋風の建物よりも、ずっと素敵」
「中も快適だぞ。古民家の弱点の断熱性も工夫して克服したし、採光にも気をつかったから、見違えるように明るいんだ」