御曹司さまの言いなりなんてっ!

 思わず目を輝かせた私を見て、部長が笑いながら隣の自分の部屋へ入っていく。

 私は急いでキャリーバッグの中の服をクローゼットに仕舞って、後は放ったらかしで部屋を飛び出た。

 嬉しい。湖を散歩するなんて初めてだ。

 ボート乗り場もあったみたいだし、もしかしたら乗せてもらえるかもしれない。

 
 廊下で待っていてくれた部長と一緒に、逸る思いで湖へと向かう。

 サクサクと土を踏みながら波打ち際に立ち、私は胸躍らせながら湖を眺めた。

 風渡る湖面は、青色とも緑色ともいえないような色合いでキラキラと輝き、周囲の木々の緑を映している。

 湖岸にたどり着く波は海のそれとは違って、穏やかで慎ましい。

 波の音って不思議。なんて人の心を慰めてくれるのかしら。

 耳に心地良い水音を部長とふたりで聞きながら、私はホウッと長い息を吐いた。

 
 ふたり肩を並べて、湖岸をそぞろ歩く。

 風にフワリと揺れる彼の前髪が爽やかで、とても涼しげで。

 明るい日差しに照らされるフェイスラインが、すごくすごく綺麗。

 光り輝く夏の湖畔。そしてすぐ隣で私をエスコートしてくれる極上イケメン。

 ふと、昔見た古い恋愛映画のワンシーンを思い出す。


「綺麗だな」

「綺麗ですね」

 ポツリと交わす言葉も少なく、でも心は静かに満ち足りている。

 このロマンチックな状況に、私はまたトキメキ禁止令を無視してドキドキしてしまった。


「本当に素敵な所ですね。湖を照らす太陽にまで優しさを感じます」

「いい所だな。でもレジャーで来るのと、暮らすのとでは事情が違ってくる」

「過疎の村なんですよね。ここは」


 大きなショッピングモールがあるわけでもないし、買い物は不便だろう。

 車がなければ病院へ行くのにも苦労しそうだし、でもバスの本数が多いわけでもないだろうし、お年寄りはさぞ大変だろうな。
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