御曹司さまの言いなりなんてっ!
大声で叫んだ拍子に、またまた私の頭の芯がクラァッと揺れた。
たまらずカクンと首を垂れてしまった私を見て、慌てた部長は、
「病人のくせに騒ぐな! ほら、もっと飲め!」
と言って、私の手のジュースをグイグイ口元に押し付ける。
私は喉を鳴らして一気飲みして、食道を通る冷たい感覚に少しだけ冷静さを取り戻すことができた。
そして目の前の男性の顔をつくづくと眺めながら、懸命に頭の中を整理する。
この部長が、あの時の彼? そんなバカな。
10年ぶりに再会したファーストキスの相手が自分の上司なの?
出来過ぎでしょう? そんな偶然がこの世にあるなんて信じられない。
それが本当に事実なら、私、恩人との再会にずーっと気付かないまま無視していたってこと?
うわ、それって結構、最低な気がするわ。
「本当に部長が、あの時の? 私に気付いてたんですか? いつから?」
「最初から。お前、全然あの頃と変わってないな」
「言ってくださいよ……」
「言えないだろ? 何て言うんだよ? 俺はお前の命の恩人様だ。さあどうだ、恐れ入ろってか?」
「いや別に、“恐れ入ろ”まで言う必要はないですけど」
「それに、まさか本当にお前に忘れられてるとは思わなかった」
「忘れてなんかいませんよ! 私、ちゃんとずっと覚えていましたよ!」
「じゃあ、俺の顔覚えてたのか?」
「忘れてました」
「…………」
「だ、だって生きるか死ぬかの瀬戸際に、人の顔の造詣なんて気にしてられませんよ!」