御曹司さまの言いなりなんてっ!
忘れていたというよりも、正確に言えばちゃんと見えていなかったのよ。
だから顔は覚えてなかったけれど、恩は覚えていたわ。
イケメンだった印象だけは残ってたけど、私の思い込みじゃなかったのね。
「ひょっとしたら、駆け引きされてるのかとも思っていたんだよ。でもやっぱりお前、本気で覚えてなかったのか」
つくづく思い知ったように言って、部長は何度も溜め息をついた。
駆け引きって、あの毎日の林檎攻勢のことかしら?
じゃああれは、過去の出来事を私にアピールしていたのね?
なんだ、究極の林檎味を求めていたわけじゃなかったのか。
あれほど必死になって林檎を追い求めていた私の日々は何だったのかと思うと、文句のひとつも言いたくなってしまう。
「部長って、回りくどい性格ですね」
「命の恩人に向かって本気で容赦ないな。お前」
「もっとストレートに言ってくださればよかったのに」
「言えるか。そんなこと」
部長は拗ねたような仏頂面になった。
そうか。そういえばこの人は他人に対してストレートになれない面倒な性格だった。
それでも、どうしても私に気付いて欲しくてあんなことをしていたのかな?
毎日林檎味の飲み物を注文したり、私に買って来させたり。
一緒に林檎を味わって、そしてその度、私の反応にガッカリしたような複雑な表情をして。
そう思うと『可愛いとこあるなぁ』なんて感じてしまって、思わず口元が緩んでしまう。