御曹司さまの言いなりなんてっ!

 部長はそんな風に言ってくれているけど、やっぱりこれは明らかな失態だ。

 限られた時間内での出張なんだから、向こう様だってきっちりと予定を組んでいただろうに。


「先方も怒ってなんかいなかったさ。それどころか心配して、氷枕を届けてくれたほどだ」

「あの氷枕? じゃあ、あれは役場の人がわざわざ?」


 そのとき私と部長の会話を遮るように、勢いよく玄関の引き戸を開く大きな音が聞こえた。


「おーい、一之瀬さーん。いるべがー?」


 次いで、聞き覚えのあるご当地訛りの声。

 私と部長は顔を見合わせ、パタパタと急ぎ足で玄関に向かった。

 フロントとして利用する予定スペースの向こうに、昼間に林檎園で会った作業着姿の相馬さんが、ひょっこり立っていた。


「相馬さん? どうなさったんですか?」

「あんたの連れの女の人が倒れたって聞いてなぁ、様子ば見に来たんだ」

「それは、わざわざありがとうございます。どなたから遠山のことを聞いたんですか?」

「金物屋のタケさんからだ」


 私は話を聞きながら目をパチパチさせてしまった。

 金物屋のタケさんって…… 誰?

 なんで私の知らない人が、私の体調不良のことを知っているのかしら?

 不思議に思う私に向かって、相馬さんは手に持った大判のレジ袋を無造作に突き出した。
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