御曹司さまの言いなりなんてっ!

 自分の気持ちは伝えようとせず、相手に全てを丸投げして、退路さえ許さないズルい男。

 そうやって少しでも安全な場所に自分の心を置いて、物陰から手を伸ばし、人の心を欲している。

 だからといって……私は、何と告げればいい?


 逡巡する間にも鼓動は激しく鳴り続け、胸はそれと分かるほど大きく上下している。

 自分の呼吸の音と心臓の音が、とても耳にうるさくて。

 見つめ合ったまま、時が止まったように何も答えようとしない私に、業を煮やしたように彼が動いた。


 身を屈め、私の反応を確かめるようにゆっくり、でも確実に顔を近づけてくる。

『この先に何が起こるのか、お前は分かっているのだろう?』

 そう念を押すように、黒い綺麗な瞳が近づいてくる。

 あぁ、まるで宝石のようだ。あの日も、私はそう思った。


 そしてあの日のように、私と彼の唇が重なった。


 感じるのは、私の唇に沁みる彼の吐息と柔らかさ。

 燃えるように熱い自分の胸と、無意識に閉じた目蓋の裏に感じる彼の気配。

 そして彼自身の香りと、ほのかに伝わる林檎の香り。

 記憶の中に引きずり込まれるような、そんな啄ばむようなキスだった。
 
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