御曹司さまの言いなりなんてっ!
そして駆け引きを覚えた大人の男が、私の耳に切り札を熱く囁いた。
「今夜、俺もこっちの部屋に泊まっていいだろ?」
「…………」
「いいだろう? 俺のことが好きなら」
その問いかけに、私の心が素直に反応する。
イエス、と言ってしまいたい。何も考えずにこの身を彼に委ねてしまいたい。
でもそんな本音とは裏腹に、私の口は真逆な言葉を吐いていた。
「だめ……」
「どうして? 俺のことが嫌いか?」
「嫌いなわけ、ない。もうこれ以上イジワルなこと言わないで下さい」
「じゃあ、どうして?」
「だって部長、約束してくれたじゃないですか」
不道徳なことはしない。彼は確かにそう言った。
これは私的な旅行じゃない。私達は、仕事でここへ来ているんだ。
それなのに今夜そんな行為をしてしまったら、それは明らかに公私混同であり不道徳だ。
もうすでに今、私達は許されるラインのギリギリ。
「だからこれ以上はだめ。だって私達は大人同士なんだもの」
そう訴える私の言葉を黙って聞いていた部長は、深い息を吐きながら頷いてくれた。
「そうだな。お前の言う通りだ。明日、会長と専務の顔をまともに見られないような、そんな引け目をお前に感じさせたくない」
「部長」
「おとなしく部屋に戻るよ。それに、病み上がりのお前に無理はさせられないしな」