御曹司さまの言いなりなんてっ!

 そして駆け引きを覚えた大人の男が、私の耳に切り札を熱く囁いた。

「今夜、俺もこっちの部屋に泊まっていいだろ?」

「…………」

「いいだろう? 俺のことが好きなら」


 その問いかけに、私の心が素直に反応する。

 イエス、と言ってしまいたい。何も考えずにこの身を彼に委ねてしまいたい。

 でもそんな本音とは裏腹に、私の口は真逆な言葉を吐いていた。


「だめ……」

「どうして? 俺のことが嫌いか?」

「嫌いなわけ、ない。もうこれ以上イジワルなこと言わないで下さい」

「じゃあ、どうして?」

「だって部長、約束してくれたじゃないですか」


 不道徳なことはしない。彼は確かにそう言った。

 これは私的な旅行じゃない。私達は、仕事でここへ来ているんだ。

 それなのに今夜そんな行為をしてしまったら、それは明らかに公私混同であり不道徳だ。

 もうすでに今、私達は許されるラインのギリギリ。


「だからこれ以上はだめ。だって私達は大人同士なんだもの」


 そう訴える私の言葉を黙って聞いていた部長は、深い息を吐きながら頷いてくれた。


「そうだな。お前の言う通りだ。明日、会長と専務の顔をまともに見られないような、そんな引け目をお前に感じさせたくない」

「部長」

「おとなしく部屋に戻るよ。それに、病み上がりのお前に無理はさせられないしな」

< 165 / 254 >

この作品をシェア

pagetop