御曹司さまの言いなりなんてっ!

「もう大丈夫だ。冷水のシャワーでも浴びて頭を冷やすさ。じゃあ、おやすみ」


 私のオデコにチュッとキスをしてから、彼は自分の部屋へ入っていった。

 その背中が扉の中に消えるのを確認して、私も部屋へ入ってベッドの上にゴロリと横になる。

 電気もつけない室内には、窓から煌々と月明かりが差し込んで、部屋の様子を朧に浮き上がらせていた。

 私は静寂と薄闇に包まれながら、心の中で何度も繰り返す。

 部長。部長。部長……。

 熱のこもった体を両腕で抱きしめながら、私は紛れもない幸福感に酔いしれる。


 さあ、確かな言葉のひとつもないまま恋が始まってしまった。

 これから私達がどうなるのか、まったく分からない。

 職場の男性と、しかも上司と恋愛関係になった経験なんて無いんだもの。

 唯一のお手本の結末は松の廊下の殿中事件だし、あんなの何の役にも立ちゃしない。


 恋愛関係と職場関係ってうまく両立できるの? 

 仕事に支障は出ないだろうか?

 このままずっとうまくいけばいいけど、もしも別れてしまったらその後はどうなる?

 恋愛関係が破綻した状況下でも、上司と部下の良好な関係は続けられる?

 まだ起きてもいない事象をあれこれ想定しては、気を揉んでしまう。

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