御曹司さまの言いなりなんてっ!

 部長の胸を手で押して離そうとすると、これでトドメとばかりに舌先で擽られた。

 イタズラな動きにジィンと痺れが走って、頭の先まで陶酔してしまう。

 唇が離れて、ぽーっとしながら部長を見つめていると彼が苦笑いした。


「おいおいおい。なんて顔するんだよ。昨日からずっとお預けくらってる俺を殺す気か?」

「部長……私……」

「ああ、まったくお前ってやつは!」


 もう一度、短いけれど噛みつくようなキスをされて、私は部長の腕から解放された。

 彼は自分の両頬を平手で思いっきり叩き、気合いを入れる。


「仕事モード仕事モード! 仕事! 仕事! 仕事! ……よし!」


 ふうっ! と大きく息を吐き、それから彼は私に向かって微笑んだ。

「じゃあ、行ってくる」

「はい。行ってらっしゃい」

 玄関を出て行く部長の姿を見送る私の顔は、多分、どうしようもなくフニャフニャ状態だろう。

 遠ざかる車の音が完全に聞こえなくなって、私は感極まったようにその場にしゃがみ込んでしまった。


 もう、どれだけカッコイイの!?

 どれだけ素敵なの!?

 どれだけ幸せなの!?


 ニマニマと頬を緩めながら床をバシバシ引っ叩いて、私は幸福感に身悶えた。

 こんな子どもじみた行動をとらないと抑えきれないほど、心が弾んでいる。

 人は年を取るたびに色んなことに臆病になるのに、恋をした途端、心は子どもに返ってしまうんだ。
 
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