御曹司さまの言いなりなんてっ!
「私とタキ……成実ちゃんのお祖母さんとは、まだ籍は入っていなかったんだ」
会長の唇から、消え入りそうな小さな声が聞こえる。
「ここの地域の昔からの風習で、入り婿が婚家の家風に合うかどうかを見定めるために、結婚後しばらくは内縁のまま様子見する習わしだったから」
内縁? そんな風習が?
田舎にはその地方独特の風習があるのは知っている。
嫁入りと違って婿入りは赤の他人に家長の座を乗っ取られるに等しい行為なわけだから、慎重になる必要があったんだろう。
「じゃあ会長は、おばあちゃんの実家に婿入りしたんですか?」
私は会長からの返答を、耳に全神経を集中させながら待った。
そうしなければ聞き漏らしてしまいそうなほど、会長の声はまるで虫の声のように小さかったから。
「タキは跡取り娘だったんだよ。タキの兄達は全員戦死してしまったから。同じく家族全員を失って天涯孤独だった私は、喜んでタキの家の商家に婿入りした」
「商家?」
「成実ちゃんのお祖母さんの家はね、田舎じゃ珍しい立派な商家だったんだ。私は学校を出てすぐその店で働き出して、そしてタキと恋仲になった」
「…………」
「タキの実家の店が今の一之瀬商事の前身だよ。一之瀬商事は元々、成実ちゃんのお祖母さんの店だったんだ」
何もかも初めて知る事実ばかりで、もう、なんと言えばいいのか分からない。
口を開けたまま声も出せない私に向かい、会長は言葉を続けた。
「なのに……私が店を乗っ取った。私がタキを追い出してしまったんだ」