御曹司さまの言いなりなんてっ!
その言葉は、亡くなる前に一瞬だけ意識を取り戻したおばあちゃんが最期に言った言葉だった。
死に目に間に合わなかった私は、そのことをお母さんから伝え聞いていた。
きっとおばあちゃんはこの時のために、この言葉を遺したんだ。
私にはそう思えた。
……いいじゃないか。
勝手にそう思ったって、いいじゃないか。
私はおばあちゃんじゃないから、会長が望む『許す』という言葉は言ってあげられない。
それでも、あの言葉は嘘じゃない。
ふたりの間の出来事はあまりに遠い昔のことで、当事者同士の命の灯すら、もう消え去るほどの長い歳月。
片方は最後の最後まで悔い続け、片方は最期の最期に『幸せだった』と言うのなら。
なら、もういいじゃないか。
なにもかも、もういいじゃないか……。
「…………」
会長は何事かを呟いたけれど、それは私には聞き取れなかった。
それでいい。その言葉は私ではなく、おばあちゃんだけのものだから。
嬉しそうに細められた会長の目尻から、ポタポタと音が立つほどたくさんの涙が枕に落ちる。
そして会長は、そのまますぅっと眠り込んでしまった。
幸せそうに微笑んだまま。
……おばあちゃんと暮らしていた頃の夢をみているのだろうか。
「会長……さようなら」
これでもう、二度とあなたと会うことはないだろう。
私は会長の手を静かに放してイスから立ち上がり、穏やかな寝息を聞きながらドアへ向かう。
そしてベッドに向かって深々と一礼してから病室を出た。