御曹司さまの言いなりなんてっ!

 鼻を啜り上げながらデイルームに向かって内廊下を進んでいくと、ソファーに腰掛けている牧村さん達の姿が見えた。

 私に気が付くと三人とも一斉に立ち上がり、問いかけるような目でこっちを見てくる。

 でも、涙ぐんでいる私を見て何も言えなくなってしまった。


「田川と申します。初めまして」


 会長の付添人さんが、私に向かって頭を下げて自己紹介してくれた。


「初めまして。遠山と申します」


 そう言ってこちらも自己紹介をしたけれど、後が続かず。

 向かい合ったままでシーンと微妙な空気が漂ってしまい、私はなんとか話題をひねり出した。


「あの、田川さんは会長とは長いお付き合いなんですか?」

「はい。右も左も分からない若造だった頃からずっと、会長の秘書を務めさせていただいております。まさか、こんなことになるとは」


 白髪の目立つ頭を振りながら、田川さんは涙声で話す。

 きっと会長にとって心を許せる、数少ない腹心の部下なんだろう。今の悲惨な現状に涙が止まらないのも頷ける。


「お若い頃から会長は本当に素晴らしい方でした。明るくて、豪快で、茶目っ気があって、心優しく、しかも強靭な意思の持ち主でした」

「分かります。今も全然、お変わりないですね」

「でも、常に心に暗闇を抱えておられました。あなたのお祖母様への罪の深さに、怯えておいででした」


 田川さんの赤く潤んだ目で見つめられて、私は怯んだ。

 そうか。そんな事まで知ってるなんて、この人は本当に会長の腹心だったんだ。
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