御曹司さまの言いなりなんてっ!
でもプライドの高さが邪魔をして、腹を割って話し合うこともできない。
自分以外の女をいつまでも忘れようとしない夫の愛を、頭を下げて請うことなど出来なかったんだろう。
「ご夫婦は心がすれ違ったまま。しかもこれも運命か、息子までもが同じ目に……」
「息子? ああ、社長のことですね?」
「はい。社長は今でも、亡き先妻の面影を忘れられないのですよ。直哉さんのお母様のことを」
そして新しく後妻になった女は、誰よりもそれを知っていて、ずっと苦しんでいる。
社長はそんな彼女に罪悪感があるから、彼女の専務への偏愛と、部長への継子いびりを諌められない。
そのせいで家族の形は歪んでしまった。
「親の因果が子に、そして孫にまで巡ってしまった。これは全て自分のせいだと謝る会長に、直哉さんはきっぱり告げたんです」
「なにをですか?」
「因果はもう、巡らない。自分は成実を死んでも諦めないから」
「……え?」
「三ツ杉村の件が片付いたら成実を迎えに行く。そして絶対にふたりで幸せになるから、もう心配するな、と……」
「…………」
「直哉さんはそう断言されていましたよ。会長譲りの、あの強靭な意思の宿った目で」
私はポカンと口を開けて田川さんを見ていた。
部長が、私を迎えに来る? 私のことを絶対に諦めない?
田川さんは唖然としている私に向かって、まるで部長本人でもあるかのように真剣な表情で訴えた。
これが自分の最後の献身とでもいうように、精いっぱいの気持ちを込めて。
「成実は自分にとって、この世でたったひとりのイヴ。彼女と一緒にいられるのなら、楽園なんて捨ててもかまわない。そう仰っていました」