御曹司さまの言いなりなんてっ!
苦笑いしている私の両頬に、ポロポロと涙が流れ落ちる。
この涙が私のつまらないわだかまりを綺麗に洗い流してくれているように感じられて、とても心地良い。
田川さんが慌ててハンカチを差し出してくれたけど、それはすでに田川さんの涙でぐっしょり濡れて使いものにならなかった。
ふたりで顔を見合わせ、小さく笑う。
「成実、飲み物買ってきたわよ。コーヒーでいいよね?」
ちょうどその時、缶コーヒーを手に持った牧村さんと瑞穂が戻って来た。
私は自分の手で涙を拭い、笑顔を向ける。
「ううん。私、林檎ジュースがいい」
「あ、そうなの? ちょっと待っててね。もう一回行って買ってくるから」
「いいの。自分で行くから」
私はイスから立ち上がり、瑞穂と向かい合った。
「瑞穂の言う通りだった。私、悲劇のヒロイン役にどっぷり浸かってたみたい」
「え? なにそれどうしたの?」
「ありがとう瑞穂。……ねえ、私は本当に、言いたいことを言って、やりたいことをやってもいいのよね?」
「…………」
瑞穂は黙って私を見つめている。
そして、大きく頷いてくれた。
「もちろんよ」
「じゃあ私、ちょっと行ってくる」
「どこに行くの?」
「うん。ちょっと林檎ジュースを手に入れに」
首を傾げる瑞穂に、私は笑顔を返した。
いま私がやりたい事はたくさんあるけれど、優先順位をつけるとするならやっぱりそれだと思う。
だから、行ってくるね。本当にありがとう瑞穂。牧村さん。田川さん。
そして……会長。
私は三人に向かってお辞儀をした。
そして廊下の向こうの部屋へも、心を込めて目礼した。