御曹司さまの言いなりなんてっ!
スイートスポット
田舎の夏の夕暮れは、言葉にできないほど美しい。
紫紺と、橙と、金色に輝く澄んだ空から密やかに夜の帳が降りきて、道に立つ木々の梢をそっと薄闇に染めていく。
耳にする音は、サクサクと砂利道を踏む自分の足音。
どこか懐かしい笛や太鼓のお囃子が、湖を渡る風に乗ってかすかに聞こえてくる。
私は空気に混じる湿り気と、昼の名残りを残した熱の匂いを鼻腔一杯に吸い込んだ。
そしてバッグからカギを取り出し、古民家の玄関をカラカラと開ける。
ちょうどその時、目の前の廊下を横切ろうとしていた人物が驚いたように振り向いた。
「あ、部長。驚かせてすみません」
「…………」
部長は歩いていたポーズのまま、ストップモーション状態に陥った。
私の顔を食い入るように見つめる表情は、ピクリとも動かないほど固まってしまっている。
大きくまん丸に見開かれた両目が、彼の驚きの大きさを雄弁に語っていた。
私、連絡もなしに突然来ちゃったもんね。
「部長、もうトラック来ちゃいましたか?」
「…………」
「まだ来ていないですよね? じゃ、ちょっと失礼します」
「…………」
ろくな説明もせずに言いたいことを言って、私はズカズカ上がり込んで奥の方へと進んだ。
「お、おい?」
とりあえず何とか自我を取り戻したらしい部長は、私の後を慌てて追ってくる。