御曹司さまの言いなりなんてっ!
「一之瀬さん、今日の作業はもうお仕舞いにすべえ」
「私ならまだ大丈夫です」
「暗くなる前に孫ば連れて帰らねえと、わいがうちの嫁ッコさ怒られるんだ」
ひどく真面目な顔してそう言う相馬さんに、私も部長も笑ってしまった。
「それでは相馬さん、今日はこれで失礼します」
「おばちゃん、またねー」
「お姉ちゃんでしょ!」
「遠山、大人げないぞ」
「おじちゃんもまた来てねー」
「誰がオジちゃんだ! ゲンコツ食らわすぞ!」
「部長、大人げないです。私より」
子ども達にサヨナラして、相馬さんに挨拶をして林檎園を後にした。
そしてふたり肩を並べて、田舎道をゆっくりゆっくり、歩いていく。
顔なじみになった村人達とすれ違うたびに世間話に花が咲くから、帰るのに時間がかかってしまった。
赤い夕陽にすっかり染まった空を、カラスが鳴きながら渡っていく。
田んぼの脇に立つ電信柱や、バスの停留場が、眠りにつくように日暮れた空気に包まれていった。
夕暮れの中、稲穂が頭を垂れて風に揺れる様は、こんなにも豊かで美しいものかと思う。
「ねえ、部長」
「直哉でいい。本日の営業時間は終了だ」
「ねえ直哉、アダムとイヴは楽園を追われたっていうけど、あれって違うわよね」
「ん? どういう意味?」
「楽園を追われたんじゃなくて、楽園を見つけたんだと思う」