御曹司さまの言いなりなんてっ!

 若い男性が後部座席のドアを開け、部長が中に乗り込んだ。

 当然のように助手席のドアを開けようとした私を、若い男性が制する。


「いえ、助手席は私が。遠山さんは一之瀬部長のお隣にお座りになって下さい」

「え? でも」


 私は思わず、その若い男性を見た。

 初対面の相手にいきなり名前を呼ばれた事にも驚いたけど、私がこんな立派な御車様の後部座席に?

『分不相応』とか『おそれ多い』とかって単語が頭に思い浮かんで、オロオロしてしまう。

 そんな私の様子を見たメガネの奥の目が、穏やかに微笑んだ。


「牧村と申します。一之瀬部長の秘書を務めさせていただいております」

「あ、遠山成実です。よろしくお願いします」

「おい、ふたりとも自己紹介は後にしてくれ。遠山、いいから早く乗れ」


 部長に急かされ、私はおっかなびっくり車内に乗り込んだ。

 そして目玉をグルリと動かしながら、口の中で小さく「うっわー……」と感嘆の声を上げる。

 さすが御車様。立派なのは外見だけじゃない。


 ゆったりとした座り心地の良いシートから漂う香りは、最高級本革独特の、あの憧れの香り。

 ついナデナデして本革の感触を楽しんでしまう。ああ、私ってこんなところがまさしく小市民。

 内装もまあ、豪華というか剛健というか。

 フロント部分のハンドル仕様や、並ぶ計器の見た目からして圧巻だ。

 内側のドアハンドルや、ドアロックのノブに至るまで、一般車とは明らかに物の出来が違う。

 足元のマットの感触まで心地良いって、どういうこと?

 はあぁ、カボチャの馬車に乗ったシンデレラって、こんな気分だったのかしら。
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