御曹司さまの言いなりなんてっ!
高揚感と緊張感が入り混じった複雑な心境のドライブは、そう長くは続かなかった。
会社を出てからほんの10分少々で、滑るように快適に走る車は大通りから逸れた道に入り、裏道で停止する。
でも周囲には、お店の影も形も見えない。
てっきりどこかの高級ブティックにでも行くのかと思っていた私は、首を傾げた。
牧村さんと運転手さんがドアを開けてくれて、部長と私は車から降りる。
地面に足が着いた瞬間、すぐそこの建物の地味な扉がスッと開いて人影が見えた。
申し分ないタイミングで現れた、黒いノースリーブのシンプルなワンピースに身を包んだ中年の女性が、美しい姿勢でお辞儀をした。
「一之瀬様。本日はようこそお越しくださいました」
「急ですまない。……彼女だ。頼む」
「承知いたしました。こちらへどうぞ」
その女性に案内されて、私は部長と牧村さんと一緒に建物の中へと入っていった。
素直に同行しながらも、疑問はますます深まっていく。
この建物、いったい何なのかしら?
ひょっとしたらどこかのお店の裏口かと思ったけれど、そんな感じは見受けられない。
誰もいない一本の狭い廊下の左右に、味も素っ気もない扉がいくつも並んでいるだけ。
「どうぞお入りください」
扉のひとつをワンピースの女性が開けてくれて、その先に見えた光景に私は息を飲んだ。
「いらっしゃいませ」
薄いグレーのスーツに身を包んだ、白い手袋をはめた女性達がズラリと並んでいる。
彼女達はまるでシンクロナイズドスイミングのように、完璧に同調したお辞儀を披露してくれた。
でもそれよりも何よりも私は、扉一枚を隔てた別世界に目を見張ってしまった。