御曹司さまの言いなりなんてっ!
―― トクン……。
その、恥ずかしげな声のトーンと、表情の柔らかさ。
私の胸は狼狽え、そして大きく高鳴った。
な……なんなのよ? その豹変ぶりは。
いきなりそんな優しい言葉をかけるなんて反則よ。ひ、卑怯よ。
心の中でブチブチ文句を呟きながら、照れくささを隠すように俯いたけれど、波打つ動悸は止まらない。
自分こそ、さっきまで部長を睨んでたくせに、急変した自分の態度と心境に戸惑いを覚えた。
マモルさんも女性店員さん達も、みんな心から微笑ましそうに私と部長を見つめている。
それがまた恥ずかしくて、違うんですそうじゃないんですって、心の中で懸命に否定する。
ひとりで焦りまくっていたら、部長が店員さん達の顔をひとりひとり見ながら声をかけた。
「急がせて、すまなかった。急な話で大変な思いをさせてしまった」
「とんでもございません。一之瀬様、お嬢様」
「またいつでもお声をかけてくださいませ。心よりお待ち申し上げております」
「お嬢さん、またヘアメイクしに来てね~」
マモルさんがタレ目をニコニコさせて、明るく手を振ってくれた。
その懐っこい笑顔につられて、私も顔を上げて心からの笑顔を返す。
たぶんここは、セレブ御用達の隠れ家的なお店なんだろう。
こんな高級な所に、もう二度と来る機会なんてないだろうけれど。
でも、来られて良かった。いい思い出だわ。
「部長、もう会場へ向かいませんと」
「そうだな。行こう」
牧村さんに促され、部長がそっと私の背中に手を添えた。
その感触にまた私の心が敏感に反応して、ふわふわと泡立ってしまう。
来た時とはまるで違う気持ちで、私はドギマギしながら店を後にした。