御曹司さまの言いなりなんてっ!

 参加者の年齢層は幅広いけど、各界のトップばかりが招待されているらしい会場内には、さすがに私と同年代の若い客人は少ない。

 それでも幾人かは若い男性がいて、いつの間にか私は彼らの注目の的になっていた。

 こんな恰好をしている私が一般庶民だとは夢にも思っていないらしく、あちこちの御曹子が意味深な微笑みを向けてくる。

 しかもそのうちの何人か、私に声をかけようと近寄ってきるのが見えて、ドッと冷や汗をかいてしまった。


 すると部長がすかさず私の背に腕を回し、牽制するような微笑みで御曹子を見返す。

 その凄みの効いた微笑みに撃沈され、次々と紳士達は私から視線を逸らして退散してしまった。

 ホッと安心するのと同時に、そんな頼りがいのある部長の堂々とした態度に、不覚にもドギマギしてしまう。

 
「一之瀬部長、あちらに社長ご夫妻と、弟さんがおられます」


 牧村さんの声の通りに視線を向けると、ステージ脇あたりに丸いグループができていた。

 その中心で優雅に微笑んでいる夫妻と、私よりもちょっと年下らしき男性の姿が一際目立っている。

 私は、会社情報の役員一覧に載っていた写真を思い出した。

 あの人は一之瀬商事株式会社の社長、一之瀬 直一(いちのせ なおかず)氏だ。

 じゃあ、あれは社長夫妻と次男。

 つまり部長のご両親と、弟さんってことか。


 社長はヒョロッと背が高くて痩せ気味で、あまり貫録があるタイプには見えない。

 大企業のトップというより、気の良い近所のオジさんって形容がピッタリくる。

 逆に社長夫人の方はふっくらと貫録があって、仕草ひとつ見ても確かな自信に満ちあふれている。


 私はこっそり社長夫妻の平凡な容貌と、部長の整った容貌とを見比べた。

 あの夫婦から、この部長が生まれたのかぁ。

 遺伝子のイタズラだわ。部長ってきっと突然変異体みたいなものなのね。

 だって弟さんの方は、お母さんにソックリ瓜ふたつだもの。
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