御曹司さまの言いなりなんてっ!

「前々から思っていたけど、どうやら部長は社会人としての自覚に欠けているようだね。そもそも……」

「直一郎(なおいちろう)さん。直哉(なおや)さんへのお小言はそれくらいにしなさい。今日はお祖父様のお祝いですよ?」


 弟さんのしつこい叱責を、穏やかな女性の声が遮った。

 いつの間にか社長夫妻が、私達のすぐ傍に来ている。

 社長は困惑したような表情で、そして夫人はふくよかな顔をニコニコさせながら、涼しげな睡蓮柄の着物姿で立っていた。


「でもお母さん、そのお祝いに遅れたのは部長ですよ?」

「あらあら、直哉さんだって遊んでいて遅れたわけじゃあないんでしょう? そうよね? 直哉さん」

「申し訳ありませんでした。お母さん」

「ほおら、直一郎さん。直哉さんもこうして謝っているんだから、許してあげなさい」

「やれやれ、お母さんは部長に甘いなあ。ひょっとして部長に気をつかっているんですか?」

「直一郎、ここは会社内じゃないんだ。兄を役職名で呼ぶのはやめなさい」


 社長がたしなめると、弟さんは外人みたいに大げさに肩をすくめて黙った。

 社長夫人が、私と牧村さんの存在に初めて気がついたように「あらぁ?」と声を上げる。


「牧村さん、お久しぶりねえ。いつも直哉さんがお世話になっています」

「奥様、お久しぶりでございます」


 牧村さんは3人に向かって、ヒザと頭がくっつきそうになるほど深く腰を折った。


「一之瀬部長が遅れましたのは、完全な私の手落ちでございます。申し訳ございません」

「んまあ、そんなこと、おやめになって。まるで私がイジメてるみたいに見えてしまうわ。ほほほ」

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