御曹司さまの言いなりなんてっ!

 どうやら彼は、自分が犯罪現場に出くわしてしまったと勘違いしてるらしい。

 興奮しながら電話の相手と会話を続けている。


「はい、はい、出血ですか? ……おい! お前どこ刺されたんだ!?」


 刺されてないってどこも!

 と、懸命に叫ぼうとしたけれど、なかなか声が出ない。

 その間にも、勘違いとすれ違いはとどまるところを知らず、高速で突っ走る。


「まだ意識はあるな!? 今のうちに教えろ! 誰にやられた!?」


 直射日光にやられたの! 熱中症! 熱中症なの!

 必死に首をユルユルと横に振るあたしを見て、彼はまた叫んだ。

 
「誰か分からない!? そうか通り魔か! もしもし、通り魔事件です! 警察に……!」


 だからーーーー!


「あたしは熱中症で倒れてるのよ!」


 全力を振り絞って首を持ち上げ、彼を見ながら腹の底から怒鳴ったあたしは、そこで力尽きた。

 ゴンッと後頭部がアスファルトにぶつかる音がして、さらに眩暈が強くなる。

 あぁ、着々と症状が進行する……。

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