御曹司さまの言いなりなんてっ!

 自分の唇に生まれて初めて触れた、他人の皮膚。

 柔らかさとか、肉感とか、彼の体温があたしの脳全体を刺激して白いスパークが走った。

 そして鮮烈に感じる、林檎の味と香り。

 ―― ゴクン……

 彼の唇からあたしの口腔へと注がれた液体を、あたしは喉を鳴らしてひと口飲んだ。

 まだ微かに冷たさの残る林檎ジュースが、渇いた食道を伝って落ちていくのをはっきり感じる。


 口移し? この人、あたしに口移しで水分補給させてくれているの?


 大きくグッと喉をそらし、彼はまた自分の口にジュースを含む。

 そしてあたしの後頭部を持ち上げながら、あたしの唇めがけて自分の顔を寄せてきた。

 ……嫌だ!

 あたしは本能的に心の中で叫んだ。

 これは純粋な人命救助で、決してセクハラ行為じゃないことは分かってる。

 でも、これ以上見知らぬ他人にキスされるなんて嫌!

 断わりも無くこんな事するなんて酷い! あたしの初めてのキスなのに!

 なんとか彼を押し退けようとジタバタしたけれど、腕も足もほとんど動かない。

 涙声で抗議するのが精一杯だった。


「やだ、あたし、ファーストキス……」


 ―― ゴクン……

 そしてまた、渇いた体に否応なしに流れ込む林檎の味。


「俺もだ」

 顔を上げた彼が、わずかに頬を赤らめながらぶっきらぼうにそう言った。
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