御曹司さまの言いなりなんてっ!
昼には燦々と日を浴びて輝いていただろう木々の葉も、悠然と泳いでいただろう池の鯉も、今は夜の帳に包まれて密やかに息づいている。
思わず見入る私の耳に、部長の声が聞こえてきた。
「……ありがとう」
振り返ると、声の主が柔らかな表情で私を見つめている。
今度は、その宝石のように綺麗な黒い瞳に目が釘付けになった。
ザワザワと騒がしい会場の中で、夜の庭園の風景と私達の周囲だけが、切り離されたように特別な空間に感じられる。
「ありがとうって、何がですか?」
「牧村から聞いたんだろう? 俺の立場のことを」
「あ……あの、えーっと……」
どう返答すればいいのか分からず口籠る私に、部長は笑って言った。
「気をつかわなくていい。うちの会社の者なら、誰でも知っていることだからな。昔から複雑なんだよ。色々と」
部長は、静かに窓の外に目をやる。
「俺は、いつあの家族から追い出されてもおかしくないんだ」
まるで他人事のように冷静な口調だけれど、声からも態度からも、物寂しげな空気が漂ってる。
本来ならば一番無防備でいられるはずの家族の中で、この人は一刻も気を緩めることができなかった。
それを思うと、私の胸はチリチリとした痛みを覚える。
「お祖父様以外に味方はいない。牧村は俺の苦しい立場をよく理解して支えてくれるが、さすがに表立って俺を応援するのは不可能だしな。そんな中で、正面切って俺を庇ってくれたのは、お前だけだ」