御曹司さまの言いなりなんてっ!
部長は軽く目を伏せて、再び私に感謝の言葉を告げる。
「ありがとう。……とても、嬉しかったんだ」
夜の帳が、彼の形良い頬に淡い影をつくって、その濃淡が彫りの深い顔立ちに不思議な色気を醸し出す。
小さな痛みを感じていた私の胸が、大きなときめきと深い切なさに包まれた。
苦しいような甘いような、表現のしようのない複雑な感情の渦に戸惑ってしまう。
「でも、どうして庇ってくれた? 俺と一緒にいることが、必ずしもプラスになるわけじゃないことは分かったはずだろう?」
庭の風景から視線を戻し、部長は真面目な顔をして聞いてきた。
私は強い動悸と高揚感を隠しつつ、平然とした振りを装って答える。
「だって、こんなの公正じゃないですよ。理由もなく部長が虐げられて不当な扱いを受けるなんて、変ですよ」
「公正、か。昼間もそんなことを言っていたな」
「私、理不尽って許せないんです。だから子どもの頃からあだ名はずっと……」
そこで私は、慌てて口をつぐんだ。
いけない。ついウッカリ自分から暴露してしまうことろだった。
「どうした?」
「いえ、なんでもありません」
「子どもの頃のあだ名がどうしたって?」
「なんでもないです。どうぞ忘れて下さい」
「気になるだろう? 教えろよ」
「だから、たいしたことじゃないから忘れて下さいってば!」
「ますます気になるだろ!? 俺の家庭の事情は知ってるくせに、自分のことは秘密にするのか!?」