ねがい
私が返事をしなくても、その人は話を続ける。


「潤を守るって決めたのにな……俺は何も出来なかった。菜々が、潤を幽霊に見えていた時だって、守れなかったんだよ。ダメだな、俺は」


鼻をすすりながら、私の手を擦る。


その後も色んな話をしてくれたけど、話の内容なんて何も覚えていない。


南部君……潤。


向井さん。


彩乃ちゃん。


弘志。


その名前だけに反応したけど、それもすぐに忘れてしまう。


私の全ては、この窓から見える景色だけで。


「……じゃあ、明日も来るよ。また俺に綺麗な声を聞かせてね。可愛い子猫ちゃん」


ポンポンと、私の頭を二回叩き、部屋を出て行った。


誰もいなくなった、薄暗い部屋の中。


話し声もなくなり、一人だけの時間が再び訪れる。


いつから私はここにいるんだろう。


目が覚めると窓の外を見て、暗くなったら眠る。


時間によって明るさが変化する、遠くに見える山を見ているだけ。


そんな私の目に、ふわりと舞い降りる白い物が映った。











「潤……雪が降ってる」











ポツリと呟いた、頭に残っていた名前。


ずっと握っていた、割れたネームプレートに視線を落として。


私は涙を流した。
< 264 / 265 >

この作品をシェア

pagetop