思いは記念日にのせて
 
 プツッと留守電が再生を終える音と、受信した時刻を伝える。
 午後八時四十二分です、と感情のない機械の声が発したのは今から約四十分前のことだった。

「えっ、な、んで? おふくろは?」
「貴文さん、落ち着いて」

 髪をぐしゃっとかき乱しながら肩呼吸を繰り返す貴文さんの背中にそっと触れる。
 それだけでひどく驚いたように貴文さんが身を堅くした。
 思い立ったように貴文さんがジーンズのポケットから携帯を取りだして、お母さんに電話をかける。だけど電波の届かない位置か電源が入っていないためかからないというアナウンスだけがわたしにも聞こえてきた。

「もしかしたら病院だから電源切っているのかもです」
「そ、っか……そうだよな。それに、俺の携帯鳴らなかったし、命が危ないならこっちに連絡寄越してもおかしくないし、きっとそんな大事故ではないんだろう」

 自己解決して貴文さんは大きなため息を吐いた。
 青ざめた表情も少しずつ元の血色を取り戻してゆく。
 だけど少しでも急いで向かった方がいいに決まっている。疲れているのに貴文さんは再び車に乗って実家へ向かうことになった。


「家まで送ってやれなくてごめん」
「そんなの! 何時になってもいいから連絡ください。心配だから――」

 わかった、と残して貴文さんの車は暗闇の中に飲み込まれるようにわたしの視界から消えていった。
 
 不安そうな貴文さんの表情が頭から離れない。
 どうかどうか、大したことありませんようにと祈ることしかわたしにはできなかった。
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