思いは記念日にのせて
重い足取りでマンションまで帰ってくると、向かいから悠真がこっちへ向かって歩いてくるのが見えた。
Tシャツにジーンズ、足下は雪駄を履いている。どうやらその格好がお気に入りなのか。
「顔色悪いな、どうした?」
エントランスで顔を覗き込まれ、急にほっとしたのか涙がぼろっとこぼれ落ちてしまった。
えっ、と明らかに驚きの声を上げた悠真が真正面からわたしの両肩に手を置いて「どうしたどうした」と繰り返しながら優しくさすってくれる。
恋人の親御さんが事故に遭ったこと、今向かっているけど大丈夫か心配でとなんとか説明すると、悠真の大きい手がわたしの流れ落ちる涙を拭ってくれた。
「それは心配だよな。うん」
ぎゅっと抱き寄せられ、当たり前のようにその胸にぽすんとおさまってしまう。
今は抵抗する気にもなれなくて、悠真のグレーのTシャツで涙を拭っていた。
こんな状態でほっとけないと悠真に腕を引かれてついたのは柘植家。
隣だから「じゃあここで」と別れようと思ったのに離してはもらえなかった。
「いいじゃん、僕だって心配だし連絡来るまでうちにいろよ」
「え、でも」
「乗りかかった船っていうんだろ、こういうのって」
ニッと笑う悠真を見て、さらにほっとしたのも事実だった。
今日はお言葉に甘えさせてもらおう。
そう思って悠真の家の玄関に入って違和感に気づく。
靴が一個もおいていない。