思いは記念日にのせて
「あの、大丈夫です?」
「大丈夫、なのかな……ちょっと自分でもわからないくらいテンパってるかも。ごめん、余裕なくて」
苦笑いを浮かべようとしているんだろうけど、それすらできず頬がひきつってしまっている。
わたしの隣に座った貴文さんがそっと手を包んでくれて、何を言われるのか不安な思いが少しだけ緩和されてゆくようだった。
「驚かないで聞いて」
「……はい」
貴文さんがつばを飲み込んだのがダイレクトに伝わってくる。
よほど緊張しているのかもしれない。つられるようにわたしも唾を飲み干し、既に喉はカラカラだ。
「見合いをすることになった」
「えっ?」
あまりにも突然のことで驚きを隠せなかった。
なにを聞かされても動揺しないでいられたらそれが一番いいんだろうけど、まさかのことすぎて。
「もちろん断った。だけど相手が高木専務の娘さんでどうしても断りきれなかった。うちの部長が懇意にしてもらってるみたいで……」
「……」
「この縁談を受けたら転勤はなくなる。どちらがいいかよく考えるよう言われた」
貴文さんが悲しそうな表情をしてわたしの手をぎゅっと握りしめた。
上から重ねられた感じでわたしが握り返すことはできなかったけど、貴文さんを見つめて視線でうなずき返す。
「いつなの?」
「急なんだけど、来週の金曜。形だけは会うけど必ず断る」
会議室の壁に掛かっているカレンダーを見る。
ちょうど一週間後、十一月六日。この日って……。
「お見合いの日」
「え?」
「この日、お見合いの日なの」
なんて偶然なんだろうか。
相手側の都合で平日になったらしいけど、狙ってこの日にしたとか……まさかね。