思いは記念日にのせて

「そっか、じゃあいつでも食事に誘っていいのかな?」
「はいっ! 今度薬のお礼に奢らせてください」
「いや、新入社員に奢ってもらうわけにはねえ。咎める相手とか……いないの?」

 なんとなく探るような上目遣いで聞かれ、胸が打ち抜かれるかと思った。
 なんでこんなにかっこいいのにそんなかわいい仕草をするんだろうか。まるでこっちが男みたいに興奮しちゃうじゃない。

「いっ、いませんっ」
「そっか。よかった」

 それはどういう意味の『よかった』でしょうか?
 そう尋ねたくても、へにゃっと綻んだ笑顔を見せられたら聞くに聞けないよ。

「アドレス交換、しよっか」

 すっとスーツのポケットからスマホを取り出した霜田さんがわたしにそれを向けた。
 わたしは赤べこのように小刻みに頭を振りながらスマホを取り出してアドレス交換に応じる。
 部屋に入ったらすぐ鍵を閉めるよう念を押され、霜田さんは爽やかに帰って行った。
 
 エレベーターで五階まで上がり、目に優しい少しだけくすんだような色の一見ゴージャスなシャンデリアの下を通り過ぎ、うちの手前で立ち止まる。
 五〇四号室のネームプレートは名前が入れられていないけど、悠真の家。
 住んでいるのは悠真のお母さんだけで、悠真と父親はもうここにはいない。

 ――運命の赤い糸って信じる?

 あの時の寂しそうな悠真の顔が忘れられなくて、わたしはこの家の絵を通るたびいつも胸が痛くなるんだ。 
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