思いは記念日にのせて
霜田さんとふたりきりの帰り道、電車の中で会話が成立しなかった。
仕事が溜まっているのか窓際の席に向かい合わせに座った霜田さんはなにやら分厚いファイルを見ながらタブレットを操作している。
もしかして、仕事が残っているのにわたしとの約束を優先してくれたのかもしれない。
今日は部署に戻らないまま一緒に社を出たし。
「どうしたの?」
見られているのに気づいた霜田さんがわたしの顔を覗き込むようにして様子を窺っている。
「あ、いえ」
「何か言いたそう」
口角を上げ、目尻を下げて見つめられる。
すでにファイルとタブレットを閉じられていた。わたしを見ながら霜田さんはそれらを手早く鞄にしまう。
「いえ、お仕事忙しそうだなあって」
「そうでもないよ。優秀な後輩が俺の仕事引き継いでくれてるから安心してる。研修終わったらちょっと忙しくなるかなくらいの心配はあるけどね」
そうだ、もうすぐこの研修も終わる。
そうしたらこんなに頻回に霜田さんと帰ったり話したりできなくなるんだ。
そう考えたら少し胸の奥が疼く。
そんな気持ちでオムライスを食べたら味なんかさっぱりわからなくって喉元が苦いような感覚がずっと取れなかった。
「俺さ」
ふと、思い出したかのように霜田さんが声を上げる。
水を飲みながら顔を上げると、霜田さんは穏やかな笑みを浮かべながらスプーンを皿に置いて居住まいを正した。
「出水ちゃんの声とか話し方、結構好きだけど」
「――え?」
「いや、さ。気にしてるみたいだったから。さっきの……違う?」
照れくさそうに軽く後ろ頭をかいて視線を窓の向こうに向ける霜田さん。
ばれてしまった。わたしのコンプレックス。