思いは記念日にのせて
なんとなく『はる』と呼ばれたように聞こえたけど、気のせいかもしれない。
思わず反応しそうになって慌てて手で口を押さえた。
昔、わたしは誰かに『はる』と呼ばれていたことがあった。
もちろんちはるの『はる』だと思うけどその記憶が蘇ってつい返事をしそうになってしまったのだ。
女の人は目の前の男性を呼んだようだった。
「どうしたの?」
すうっと現れたのは金髪にサングラスをかけた背の高い女の人。
ふたり揃うと、ううん揃わなくてもモデルさんなんだろうってわかるような完璧な容姿。
胸元の開いたワインレッドのシャツが色っぽくて白のサブリナパンツからほっそりした長い足が強調されている。しかもゴールドのピンヒール。
その女性もわたしのほうを向いてわずかに首を傾げた。
サングラス越しに見られているからどんな表情を向けられているのかわからないけどなぜか緊張して背筋を伸ばしてしまう。
日本語うまいなあと思ってたらおもむろにふたりが英語で話しだす。
わたしは英語わからないし聞いていても問題ないと思うけど、いない方がいいよね。
というかいないところで話せばいいのにな。
落とした郵便物を拾おうとしゃがもうとした時、すっと長い手が伸びてきて視界を栗色の髪がかすめ、あっという間にすべてを拾い尽くしてくれた。
腰を屈めた男の人からさわやかなフレグランスの香りを感じてドキドキする。
まっすぐ顔を見ることができなくて、俯いたまま差し出された郵便物を受け取ってしまった。