思いは記念日にのせて

「ちぃーは、もう飲むのやめな」
「いいの! 今日は飲むの!」
「明日も仕事なんだからさ、セーブしないとまずいって」

 いつもは率先して飲む美花さんがわたしを止める。
 目の前の男子ふたりもこのいっぱいでやめるからやめろと言い張る。
 美花さんはたまにわたしを千晴ではなく『ちは』と呼ぶ。なんて短縮形なんだろうか。
 いつもなら気にならないけど、今日はちょっとだけ違かった。

「わたしはちゃんと名前を呼んでもらう価値もないくらいの人間なの?」

 その場に沈黙が走る。
 みんなの表情が一瞬強ばり、すぐに苦笑いを向けられた。 
 
「そうじゃないよ、ただの愛称じゃない」
「そうだよ、かわいいじゃん。ちはってさ」

 かわいい? 本当にそう思ってくれているの?
 今日の一時間の研修で自分の仕事内容を発表した時、みんなみたいに活き活きと説明できなくて一分程度で終わってしまったわたしを不必要な人間ではないと思ってくれているの?
 みんなが苦笑いしていたこともわかっていた。そして今も。

 レモンハイの隣に置かれていた水のグラスを一気に呷って一息つく。

「ごめん、今日は帰る」

 バッグから財布を出そうとしたけど視点が合わなくてもぞもぞしていたら今日はいいからと止められた。
 高部くんが送ってくれると言ったけど、頭を冷やしたいからと断る。

 これ以上醜態をさらしたくなかった。
 この場から一刻も早く立ち去りたかったんだ。
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