思いは記念日にのせて
元々アルコールは弱い方で、サワーやチューハイは二杯程度しか飲めない。
今日はその許容量をわずかに下回っているものの(一杯でとどめた)周りが早い。悪酔いしたのかもしれないな。
くらくらする頭を振りながらエレベーターを降りると、扉の横に段ボールが数個積まれていてぶつかりそうになった。危ない危ない。
それを寸でで避け、うちのほうに向かって歩くと手前の家の扉がストッパーで開けっ放しにされているのに気づいた。
引っ越し、うちのフロアだったんだ。
……って、あの部屋は悠真の家。
もしかして、悠真のお母さんが引っ越しするのかもしれない。
入居ならまだしも、退去するのに夜を選ぶってまるで誰にも知られたくないのかも。
そう思ったらその前を通るのすら申し訳ない気がしたんだけど、そこを通り過ぎないと家に入れない。
しょうがない。酔ってるし、鉢合わせしても何気なく会釈だけしてさっさと退散しようと思っていたその時。
「あと少しで終わるー」
男性の大きな声が中から聞こえてきた。
飛び上がりそうになるくらい驚いて思わずのけぞってしまう。
だってまさか男の人がいると思ってなかったから……まさか悠真のお母さんの恋人?
独身だし問題はないと思うけど、随分若い感じの男の人の声だなあ。