思いは記念日にのせて
霜田さんがそう言ったのと同時にゴウッと風が吹き、マンションの前に立っている大きな木の葉擦れの音が耳に飛び込んできた。
だけどわたしの心臓の音のほうがどくんどくんとうるさく感じる。
聞こえるわけないのに、伝わってしまったらどうしようと、覆うように手で胸元を押さえていた。
聞き間違い、ううん。そんなはずはない。
わたしよりずっと背の高い霜田さんが上目遣いでこっちを見つめている。
「今日の映画の続編も一緒に観に行きたい」
「……はい」
「大切にするから」
ゆっくりと距離を縮めてくる霜田さんから視線を逸らせない。
お互いの距離がゼロになった時、わたしの唇にそっと触れるだけのキスが落とされた。
さすがにその瞬間だけはお互い目を閉じていた、と思う。
恥ずかしいけど、初めてのキスだった。
照れくさそうにはにかむ霜田さんを見て、恥ずかしさのあまり目を逸らしてしまう。
こういう時ってどうしていいのかわからないよ。
心の中はあたふたしっぱなし。
冷静な振りをしようとしてもできず、余計落ち着きなく視線を彷徨わせているわたしの顔を覗き込むようにして霜田さんが優しく笑った。
きっと初めてだってバレていると思う。うぅ、恥ずかしいけどどうにもならない。
何度も頭を撫でられ、少し落ち着いてきた頃。
「本当はキスの日にしようと思ってたんだけど、我慢できなかった。これからは記念日を大事にしていこう。出水ちゃ……千晴の」
そう言い残し、霜田さんは名残惜しそうに帰って行った。
わたしはというと、しばらく信じられない気持ちで呆然とその場から動けずにいた。
霜田さんの後ろ姿が曲がり角の向こうに消えても。
霜田さんがわたしを好き。
まさかそんなことあるわけないって思っていた。
実家の犬に似ているから構いたいだけの理由で優しくしてくれているものだとばかり思っていたのに……。
今更喜びと驚きのあまりに身体中が熱くなっていた。