思いは記念日にのせて
 
 張り切って準備していたのに。
 どうしても諦めたくなくて食いついたけどだめだった時の落胆はハンパない。
 大きくため息をついて、持っていた口紅を鏡台に置いた。

 心配して怒ってくれたのはわかる。
 夜のひとり歩きは危険だといつも口酸っぱく言われているから。
 家までの道のりも比較的明るいし、わたしを狙う人なんていないと言っても納得してもらえないのだ。

 でも、どうしても会いたい日ってあるよね。
 今日なんて特に不完全燃焼だよ。
 ひとりでキスの練習をしていたなんて恥ずかしくて言えないけど。

 ……でも、諦めるのはまだ早いかも。
 仕事は十七時までって言ってたし、飲み会の前に少しだけでも会うことはできれば。
 夜遅くがだめでも早い時間なら。

 そんな祈るような思いでわたしは家を飛び出していた。

 そして十七時をわずかに過ぎた頃。
 小走りで会社の前に着いたわたしの横を通り過ぎる貴文さんを見て愕然とした。
 わたしだって気づかれなかったのもショックだったけど、同期って男の人だと勝手に思いこんでいたから。

 だけど貴文さんの隣にいたのは秘書課の社内一美人と騒がれている西園寺茜さんだった。
 
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