思いは記念日にのせて
別に今日じゃなくても、キスの日じゃなくてもできるもん。
貴文さんには貴文さんの都合がある。わたしの我が儘で煩わせるのは本意じゃない。これでいい。
そういい聞かせながら電車に揺られ帰ってきた。
そもそもなんでわたしはそこまで今日にこだわったんだろう。
わざわざ会社まで出向くようなことじゃない。冷静に考えればわかることだ。
記念日を大事にしようと言われたのがうれしかったのも確かにあった。
だけどこの日のための決意みたいなものだけが、わたしを強く奮い立たせていたんだ。
――ただのキスじゃない。
自分が本当に子供じみているなって、この時ようやく気づいた。
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「千晴?」
マンションの前で悠真に会った。
ジーンズにTシャツ姿だけど今の悠真はとってもかっこよく見える。
小学校時代のぽっちゃりのイメージが全くないし、しかも少し鍛えていそうな感じ。
Tシャツの袖から伸びる腕には適度に筋肉がついているけど体幹は細身に見えるし、ぴったりしたジーンズがよく似合っている。
「デートの帰り?」
「違う」
「ずいぶんおしゃれしてるように見えるけど」
「……別に」
貴文さんにそう言ってほしかったな。
じわっと目元が潤みそうになるのを隠すために俯いて先にマンションに入る。
「暇なら食事つきあわない?」
「え?」
いきなりの誘いに驚いて振り返ると、悠真はニコッと満面の笑みをわたしに向けた。