思いは記念日にのせて

 フロアは涼しいけど外はまだ三十度近いと思う。
 ガラス越しの壁の向こうは日傘を差す女性やスーツのジャケットを腕に掛けたサラリーマンが忙しそうに通過してゆく。
 わたしもスーツのジャケットを脱ぎたかったけど、中は半袖のブラウスだしなんとなく恥ずかしくて着たまま二人掛けの席に座った。
 アイスカフェオレのホイップをたくさん入れてもらえてほくほくしながらストローに口を付ける。

「ごめんね、おまたせ」

 その時、目の前にシモダさんが現れて思わずカフェオレ吹き出しそうになった。
 
「あ、ごめんごめん。びっくりさせた」
「いえ……こほっ」
「やっぱり女の子は甘いのが好きなんだね」

 楽しそうに笑ったシモダさんがわたしの前に座る。
 その手には真っ黒なアイスコーヒー。うう、やっぱりサラリーマンにはブラックが似合うなあ。あの中にめっちゃガムシロ入ってたら笑うけど。

「あっ、これありがとうございました」
 
 テーブルの上に滑らせるようにカードを返却する。
 
「まだ使えるから持って行っていいよ。それもらいものだから」
「でも」
「採用されたらいつでも使えるでしょ? 使用期限もないから」

 ぐっ、やっぱりこの会社を受けていることはわかっちゃうよね。あの日採用試験だったし。
 千円分のコーヒーカードはまだ五百円分くらい残っているはず。確かにもう一杯くらい楽しめそうだと思うけど、もらう理由はないよね。

「ですが」
「遠慮しなくていいよ。傘持ってきてもらえて本当はかなり助かったから。あの時カッコつけて『返さなくていい』なんて言っちゃったけど、実は貰い物だったんだよね」

 はにかむようにして笑うシモダさん。
 ああ、かっこいい人が笑うとこんなにかわいいんだとつい見とれてしまう。
 そして肝心なところを聞き逃しそうになっていた。
 ううん、聞き逃そうとしていたんだと思う。
 あの傘は貰い物だって。
 イニシャルが入っているしそうじゃないかと心のどこかで思ってたけど……彼女かなあ。
 そう思ったら急に肩の力が抜けたというか、一瞬でもときめかせてくれてありがとうと思うべきか。
 そうだよね。こんな素敵な人に恋人のひとりやふたりいないわけがない。いない方がおかしい。いや、ふたりはさすがにいけないことだけど。
< 7 / 213 >

この作品をシェア

pagetop