思いは記念日にのせて

「は?」
「僕で練習してみるって聞いてるの」

 肩に置かれていた悠真の手が急にわたしのうなじに伸びてきてぐいっと勢いよく引き寄せられる。

「ひっ」

 目の前に悠真のヘーゼルの瞳が飛び込んできて、びっくりして引こうとしても動けない。
 少しでも動いてしまえば唇同士が触れてしまいそうな位置。
 貴文さん以外の異性の顔がこんな至近距離にあるなんて、息を吐くのも躊躇ってしまうじゃない。

 む、胸騒ぎ……違う、鼓動が高鳴っておさまらない!

「ちょっ……」
「挨拶だと思ってしてみな」
「むっ、無理」
「ガキっぽいこと言うなっての。ほら、目閉じててやるから」

 うなじから手の感覚がなくなって解放されたことに気づいているけど、悠真は引かずにわたしから離れない。
 後ずさろうにも上半身はすでに壁に追いやられているし、下半身はわたしの両方の太腿を囲うように床に置かれている。
 身じろぎすら許されない状況を作っている悠真はそっと瞼を閉じた。

「ほら」
「うっ……」

 いかんともしがたい状況だけど、目を閉じていてくれているから悠真の顔が間近でよく見れる。
 なんだかすごくきれいだ。
 栗色のまつげが長くてかわいい。下唇がふっくらしている感じ。
 つい手を伸ばしてその唇に指の腹を触れさせる。
 その柔らかさが心地よくてさらに指を這わせると、むっと唇を尖らせた悠真がわたしを見た。

「逃げるな」

 再び目を閉じた悠真が顔をぐっと近づけてくる。
 うぅ……もう逃げられないよ、ね。
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