思いは記念日にのせて
電車が閉まる前の独特の音が聞こえ、階段途中から走り出す。
次の電車でも間に合うんだけど、今日は週のはじめだし少し早めに行きたかった。
だったら少し早く出ればいいのに、考え事をしていて出られなかったんだけど。
扉が見えるけどもう間に合わないかも、音止まったし。
しょうがない、諦めるか。
走る速度を緩めようとした時、まだ開いたままの扉の向こうに貴文さんの姿を見つけてしまった。
「――千晴!」
伸ばされた手を見て、吸い込まれるようにその胸に飛び込む。
わたしの背中の後ろですぐに扉が閉まった。
「セーフ」
頭の上でほっと吐息をもらす貴文さんの小さな声。
わたしも呼吸を整えながら貴文さんの香りを鼻腔いっぱいに吸い込んでいた。
でも驚いた、貴文さんって意外と大胆なことするんだ。
走ったせいもあるけど、このシチュエーションでどくんどくんとうるさい心臓はなかなか落ち着いてはくれなかった。
「この電車だったんだ」
囁き声で聞かれ、うなずきながら離れる。
ちょっと名残惜しいけどしょうがない。周りは思ったほど関心がないようで、見られていなかったことにほっとした。
見上げるといつもと同じ優しい笑みを見せてくれる貴文さんに、心底安心してしまう。
だけど初めて一緒に向かう通勤途中の間にわたしの心のもやもやは完全に払拭することはできなかった。
メールなかったけど、何かあったの?
そう一言聞けばよかったのかもしれない。
貴文さんもその話題に触れようとはしなかったし、なんとなくわたしも聞くことができずにいた。