思いは記念日にのせて
第三話
四月一日、入社式。
どどんとそびえ立つ十五階建てのビルを下から見上げてごくりと唾を飲み干した。
今日からこの東都出版販売株式会社の社員になる。
簡単に職種の説明すると出版社から仕入れた本を書店に流通する業務を担っている。
このビルの中に大きな現場も書店のように本がたくさん並べられている部署もある。それを想像しただけで心躍ってしまう。
わたしの趣味は読書。恋愛小説や推理小説が主なんだけど、ここに就職したら何がうれしいって書店に並ぶ前の本を数日前に拝むことができるってこと。
ごくりと唾を飲み干して、いざ!
一歩踏み出したとたん、自動ドアがぶわーっと開く。
受付カウンターに立っている美人受付嬢が立ち上がり、仰々しくこっちに向かって頭を下げそうになって、動きが止まる。
「新入社員は通用門から!」
鋭い目つきで睨まれたその顔に見覚えがある。
そうだ、霜田さんの傘を持って来た時対応してくれた受付嬢!
いや、嬢ってのはおかしいか。先輩だし、しかもわたし入るところ間違えてるし!
「しっ、失礼しましたあ!」
慌てふためきその場を逃げ出した。
わたしが新入社員だってわかったってことは顔を覚えられてるってことなのかな。
それともこのリクルートスーツのせいなのかな……後者だったらいいんだけど、初日から先輩に目を付けられたら怖い怖い。
慌てたせいなのか緊張のあまりなのか額にじんわり脂汗が浮かんでいるのに気づき、ハンカチで拭う。
通用門の方に向かっていくいかにも新入社員風のリクルートスーツ姿の男女を見つけてその後を追った。
初めての場所できょろきょろしていると、入ってすぐに警備室があって警官風の制服を着た男の人達が数人こっちに向かって挨拶とともに頭を軽く下げてくれる。
警備の方だろうな。顔を覚えておかなきゃと思いつつ薄ら笑いを浮かべて会釈をした。目があった警備員の人の笑顔がひきつっている。わたしがへらへらしてるからだろうか。
だって今日から社会人だと思ったらなんだかうれしくって。
軽快な足取りでエレベーターホールに向かい、立っている社員さんにまた会釈して乗った。