強引上司の恋の手ほどき
「なにが大丈夫なんですか!? この締め切り午前中でしょ!?」

 手に持っていた伝票が背後から奪われた。振り向くとそこには美月さんが仁王立ちで課長を睨んでいる。

「げっ!」

「“げっ!”じゃないです。課長が締め切り破るなんてどういうおつもりですか?」

「いや、そういう訳じゃ……なぁ。菅原」

「え? うん。そうですね」

なんだかよくわからないが、とりあえず同意すると、ジロリと美月さんに睨まれた。「ごめんなさい」と小さな声で謝る。

入社以来この経理課一筋でやっている美月さんは、経理課の生き字引とさえ呼ばれている。

今年異動してきた課長でさえも頭が上がらない。

「そんな怖い顔するなって。な! そうだコーヒー奢ってやる」

「この顔はもとからです! 私はコーヒーくらいじゃ騙されませんからね。でもどうせ奢ってくれるっていうなら、もらいます」

腕を組んでいる様は、どっちが上司かわからない。

「今回だけだから、な。頼むよ金子様」

両手をすり合わせる姿がおかしくて、思わず吹き出してしまう。それにつられて美月さんも笑い始めた。

「もう、今回だけですからね。でも、次からはちゃんと本人に処理させるようにしてください」

「はい。わかりました。菅原もサンキューな。約束のコーヒー買ってくる」
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