強引上司の恋の手ほどき

 そそくさと出口に向かって歩き始める。すると総務課の前を通るときに女子社員から声をかけられていた。

「課長。よかったら今度また飲みに行きましょう」

「おお、いいねぇ。楽しみにしてる。っていうか髪の色変えた?」

「はい、わかりましたか?よく見てるんですね」

「まぁね。おっと、やばい急がないと。じゃあね」

ひらひらと手を振りながら歩いている背中を女子社員は嬉しそうに見つめていた。

「あ〜あ。あれがないといい上司なんだけどな……ほんとチャラい」

そんな姿を見て、美月さんがため息をついた。

「そう思わない? 千波」

勢いに押されて「はい」と答えた。

「まぁ、あれだけ気が遣えてかっこ良かったら、女が放って置かないか」

はぁと溜息をついて、受け取った伝票を私に見せた。

「この伝票見てみなさい。営業課の二年目のよ」

「え? あっ本当だ」

伝票には別の社員の名前が書いてあった。

「前の部署の後輩に泣きつかれたのね、きっと。面倒見がいいからね」

だから、さっき“本人にこさせなさい”って言ったんだ。

たしかに“チャラい”イメージの課長だったが、去年まで在籍していた営業課時代からこちらに回ってくる書類は完璧で、締め切りを破ったことなど一度もなかった。

周りは“あの深沢さん”が経理課の課長になったことに驚いて中には不安がってている人もいたが、私はそういった心配は一切していなかった。

実際課長の元で稼働してからも、なんの問題もない。むしろ前の上司には言えなかったようなことも話しやすく、私としては仕事がすごくやりやすくなっている。

伝票をボックスに入れて、美月さんと共にデスクに戻って作業を始めた。

早く他の仕事も終わらせないと。

それからはトラブルらしいトラブルもなく、定時にはほとんどの仕事を終わらせた。
< 9 / 222 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop