浸透
カッターを投げ捨て、とにかく部屋を出ようと、扉に手をかけた時だった。

「帰る」
全身の血が凍てつくようだった。

息を止めて振り返ると、老医師は直立していた。

死体がだ。
「帰る」
紫色の唇から洩れたのは、あの女の声だった。

白眼を剥き出し、両手は重力に任せて、ぶら下げている。

「うわああああ」
俺は大声を出しながら、部屋を飛び出した。
丁度部屋に入ろうと扉に手をかけていた看護師にぶつかり、よろめいた。

女の看護師は何かを言っていたが、耳には入らなかった。

兎も角、ここから出たかった。

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