ウソ夫婦
何か考えるような間が空く。それから、颯太の気配がゆっくりと近づくのがわかった。
唇に、軽く、柔らかな何かが触れて。
翠は思わず目を開けた。
すぐ近くに、颯太の頬。
目が合う。
翠の呆然とした顔が、颯太の瞳の中に映るのが見えた。
颯太が驚いて身を引いた。
翠も反射的に上半身を起こす。
暗闇の中、二人は黙って、お互いをじっと見つめあった。
翠は自分の唇に指を触れた。
今、何が起こった?
かすかな白い月明かりが、颯太の頬を照らす。白いTシャツの襟から鎖骨。そこから続く長い腕が翠に伸びて。
翠は信じられない思いで、その光景を眺めた。
現実感のない、不思議で、それでいて神秘的な光景。
颯太の手の平が翠の頬を包むように触る。翠は反射的にその手から逃れようとしたが、颯太の手が翠の手首を掴んでベッドに押し倒す。
「え?」
翠は何が起こっているのかわからず、大きく目を開き颯太を見上げた。
颯太の唇が翠の唇に触れる。軽く、優しく、そして甘く。
嘘……何? コレ。
颯太は唇を離すと、翠の身体を抱きしめた。まるで存在を確認してるような、そんな抱擁。颯太の首筋が翠の頬に触れている。
それから翠の身体を離し、ベッドから降りる。そのまま振り返らず、扉を開いた。リビングの明かりが颯太のシルエットを浮かび上がらせる。
そして静かに扉は閉められた。