ウソ夫婦
こんな毎日が始まって、もうすぐ一ヶ月だ。そろそろ翠の我慢も限界で、どうやったら脱出できるのか、そればかりを考えている。四六時中監視されて、優しく親切ならまだしも、まるで横暴亭主みたいな態度で部屋に居座るあの男が……
嫌いで嫌いで嫌いで嫌いで、仕方ないのだ!
カートをガラガラと押して、カウンターへと戻る。上司の笹橋郁男が出勤していた。メガネをかけたひょろひょろの、禿げてるおじさん。身長は翠と同じくらいか、むしろ低い。そして、嫌味の天才。
「コレ、どうしてここにあるのかな?」
カウンターの下に積み上げられている本を指差して、気だるそうに問いかける。まるで独り言のように言うけれど、明らかに非難の口調だ。のぞみは聞こえないふりをして、カードを並べている。
「補修予定の本です。破れてたりするので、今日作業しようと」
翠が恐る恐るそう答えてみる。
「ここに置いてあったら、なんだかわかんないよね。補修用の棚に移動しとかないと」
「でも、そこがいっぱいで」
「誰が、そこまで溜めたのかな」
翠はぐっと詰まって、「すみません」と謝った。笹橋はちらっと翠を見ると、冷たい視線を投げてから、カウンター奥の書架へと入っていく。
姿が見えなくなると、翠はほっと息をついた。
「言い方って、あると思うの。あの人、ほんと、やな感じ」
のぞみが言う。
「ま、私が悪いんだし」
翠は仕方がないという顔をして、カウンター下の本を自分のデスクへと運んだ。