ウソ夫婦
力が尽きるまで走り抜けて、住宅街の道端で派手に転んだ。手の平を擦りむき、着ていたシャツが土に汚れる。
翠は泣き始めた。
助けて、お願い。
神様。
嗚咽で肩を震わせながら、コンクリートの塀にもたれかかった。
聞こえる。
銃声が聞こえる。
悲鳴と、うめきと、自分の心臓から血が溢れ出す、波のような音。
「翠」
颯太がうずくまる翠に駆け寄り、そのまま後ろから優しく抱きしめた。
「大丈夫。大丈夫だよ」
耳元で繰り返す。まるで子供をあやすように揺らしながら、翠の身体を優しく撫でた。
「ここは日本だ。安全なんだ。俺が必ずお前を守ってやるから。大丈夫だから」
翠は魂が抜けてしまったように、ぐったりと颯太に寄りかかった。瞳を閉じてもなお、涙が頬を流れ続ける。
颯太は翠を抱く腕に力を入れた。
「くそ……」
小さく悪態をつく。
「お前を二度と危ない目に合わせたくない。あんな恐ろしい記憶、消してしまってもいいんだ。でも……解放されるには、思い出さなくちゃいけないだなんて……」
颯太は翠の髪に頬をつけ、目を閉じた。
「ごめんな」
そう言った。