ウソ夫婦
「謝る必要はないよ」
颯太が優しく言ったが、翠は再び首を振った。
「ううん。思い出せなくてごめんなさい。私が全部思い出したら、事件は解決するし、颯太さんの仕事も終わるのに」
「俺のことはいいんだ」
颯太が小さく言った。
「ねえ、颯太さん」
「なんだ?」
「どうして、そんなに私によくしてくれるの?」
「……仕事だから」
翠は「それだけじゃなくて」と、颯太の言葉を遮る。
「颯太さんは、私に思い出して欲しいって言いながらも、消えてしまった記憶の中にある『何か』を私から隠そうとしている」
颯太は黙りこむ。
「颯太さんが関係している『何か』。検討違いかな……」
翠は自信なくうつむいた。
「俺は……」
颯太は何かいいかけて、口をつぐむ。
しばらく考えてから「俺が翠を巻き込んだ」そう言った。
「巻き込む?」
「そう、捜査を担当していた医薬品不正表示について、研究員だった翠に情報を聞き出そうとしたのが始まりだ」
「……でもそれが仕事なんだから」
翠が言うと、「いや」と首を振る。
「途中から不正表示だけではない、もっと重大な犯罪が潜んでいることに気付いたお前は、俺に連絡してきた。『私が証拠を取ってくるから、犯罪を未然に防いでくれ』と」