ウソ夫婦
颯太が小さくため息をつく。
「危険があることを承知で、それでも行かせた。結果、お前をのぞく研究所全員が惨殺されてしまったんだ。俺のミスだ」
翠は何も言うことができない。そんな告白を聞いても、颯太を責める気にはなれなかった。
「お前が生き残り、お前だけが事件解決の糸口になった。でも俺は……お前が苦しむんだったら、全部忘れたままでもいいんじゃないかって、そう思う。これ以上、恐ろしい出来事に向き合わなくても……いいんじゃないかって」
「でも、それじゃあ、事件解決にはならない」
翠が言うと、「そうだな」と諦めたように颯太が言った。
「大丈夫よ、颯太さん」
翠は颯太の近くに寄ると、颯太の手に触れた。
「怖いけれど、思い出したい」
颯太は握られた自分の手をじっと見つめる。
「忘れてしまった中に、大切にしたいこともあるはず」
颯太は翠を抱き寄せた。颯太の胸の音を聞きながら、翠は目を閉じる。
なぜか懐かしい気持ちになった。
こんな風に、この人に抱きしめられたことが、あったんだろうか。
「もう二度と、お前を危険な目には合わせない。俺が必ず守るから」
颯太の腕に力が入る。
「うん」
翠はうなずき、颯太の背に手を回した。