ウソ夫婦

資料を読むと、漠然となんの薬を作ろうとしていたのか、想像できる。
おそらく抗がん剤。副作用がほとんどない、夢のような薬。

あすかは資料のページをめくった。

従来の抗がん剤をベースに、何かしようとしている。でも、だから? 抗がん剤を完成させたとして、大量の人を殺すほどの理由があるかしら。

ふと、ある実験データに目がとまった。眉を寄せる。

このデータ……違和感がある。こんなにも数値が高いなんて、あるんだろうか。

実験担当者名は「柳ゆたか」。

柳、ゆたか。

あすかの脳裏に、白髪交じりのメガネをかけた中年男性が、突然現れた。白衣を着ている。

『乃木くん、よろしくな』
頭を深く下げた。

「柳主任……」

あすかは思わずつぶやいて、慌てて口を押さえる。

聞かれた?

あすかはそっと戸口のところに立つ男の様子を伺う。
男はスマホをいじっていて、あすかをまったく見ていなかった。

大丈夫。

あすかはほっと胸をなでおろした。



< 132 / 197 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop