ウソ夫婦
資料を読むと、漠然となんの薬を作ろうとしていたのか、想像できる。
おそらく抗がん剤。副作用がほとんどない、夢のような薬。
あすかは資料のページをめくった。
従来の抗がん剤をベースに、何かしようとしている。でも、だから? 抗がん剤を完成させたとして、大量の人を殺すほどの理由があるかしら。
ふと、ある実験データに目がとまった。眉を寄せる。
このデータ……違和感がある。こんなにも数値が高いなんて、あるんだろうか。
実験担当者名は「柳ゆたか」。
柳、ゆたか。
あすかの脳裏に、白髪交じりのメガネをかけた中年男性が、突然現れた。白衣を着ている。
『乃木くん、よろしくな』
頭を深く下げた。
「柳主任……」
あすかは思わずつぶやいて、慌てて口を押さえる。
聞かれた?
あすかはそっと戸口のところに立つ男の様子を伺う。
男はスマホをいじっていて、あすかをまったく見ていなかった。
大丈夫。
あすかはほっと胸をなでおろした。